vol.037「住まいをめぐる出逢い」
創り手の声スペシャル対談
暮らしの達人 パトリス・ジュリアンさん×街の創り手 川路 武氏
街の物語に出逢う
ふたつの異なる視点が出逢って見えてくる街には、どんな物語があるのでしょうか。
創り手の声スペシャル対談
パトリス・ジュリアン×川路武(三井不動産レジデンシャル)
住まいの先輩インタビュー
この住まいだから出逢えた
愛すべきパートナーや人々のおはなし
住まいの先輩インタビュー
“これから生まれる街”と出逢って
30年の私の物語は始まりました
インタビューバックナンバー
今月の特集
Part1 文化のある街を求めて Part2 街が育つところに物語りは生まれる

庭では、水と、風の音が心地よく響く。

真の豊かさを感じるために

街の豊かさというお話が出ましたが、豊かさを感じるために大切なことはありますか?

パトリスさん 大切なのは豊かさを感じることではなく、豊かでないものに気づくことではないでしょうか。今の世の中、心地いいものよりも不快なものの方が多いのです。家を選ぶとき、目の前の道を通る車の音がうるさいなと感じたのに、時間がたつにつれて慣れてしまう。そして今度は、家の前に高い建物が建って景観が悪くなる。でもしばらくすると、その景色も気にならなくなってしまう・・・そんなことを積み重ねていくうちに、無意識のうちに不快なものをどんどん受け入れてしまうんです。豊かさを感じるという状態からは、どんどんかけ離れてしまいますよね。
豊かさを味わうための第一歩とは、不快なもの、自分がイヤだと感じるものに気づいて、それを回避するか、心地いい状態に変えていくことなんです。不快なものを察知できるように、自分自身を生きたセンサーにしておくことが大切なのではないでしょうか。

「街の人々が“先生”になる “五感の学校”を設けようと---」

街の豊かさというお話が出ましたが、豊かさを感じるために大切なことはありますか?


川路氏 自分自身をセンサーにするという発想、うなずけます。僕は先ほど、日本人が住まいに求める幸せの形は、目に見えないものに移行していくのでは、とお話しましたが、それは教育ではないか、と個人的に考えています。子どもたちの五感を研ぎ澄ませるような住環境です。本来ならそれが自然にできればいいんですが、現代の住宅事情においては、なかなか難しい。そこで、これから新しく街をつくる計画があるのですが、その街には「五感の学校」というコンセプトのコミュニティを設けてみようと思っているんですよ。

パトリスさん 誰が五感について教えてあげるんですか?

川路氏 誰でも先生になれるんです。例えば街の自転車屋さんが先生になって、故障した自転車の修理方法を教えてあげる。自転車が故障したら自転車屋さんに持っていけばいいだけのことなんだけど、時間がかかってでも、自分の手で直してみる。そのときに、五感が磨かれていくんです。「自分で直せた」という喜びを得ることも、すごく貴重な経験になると思いますしね。

パトリスさん 五感は、自分自身をセンサーとして働かせるために、とても重要なもの。イヤだなというものを察知するためには、“五感がニュートラルである”ということが大切な条件だと思います。現代の日本人は、氾濫する情報のなかで“バーチャルな豊かさ”に惑わされてしまいやすい環境にありますよね。「豊かさとはこうである」といった、先入観に振り回されてしまいやすい。五感をニュートラルにするということは、そういった“バーチャルな豊かさ”に気を取られることなく、目の前の物事を素直に受け取るということ。その瞬間瞬間に感じたままを受け入れられることが、センサーとなるんです。

テラスに腰をおろせば、よく手入れされた花々が香る

街の“柱”から物語が始まる

街づくりがこれから目指すところは、五感を育てる教育であると考える川路さん。暮らしの豊かさを味わうためにはニュートラルな五感が必要だと考えているパトリスさん。おふたりの話は、違う角度から同じことを語られているように思えるのですが。

パトリスさん そうですね。五感は心につながっているのですが、心は街や建物の裏側にもあるものです。私たちは3次元の中に生きているようですけれど、実際は4次元なんですよ。もうひとつの次元は心。私たちが暮らしている環境には、目に見えない心の次元があるということです。日本の神様の考え方に、木々や山に神が宿るといった考え方がありますが、それに近いものですね。川路さんが街づくりに「五感の学校」という教育を取り入れようとしているのも、おそらく同じ考えなのではないかと思います。
4次元の街といえば、インドのオーロヴィルを思い出します。この街には、人間の思考はどんどん神に近づいていくという考え方が根底にあります。その街の始まりとなる場所は金色のメディテーションセンターで、そこを中心にして街はらせん状に広がっているんですよ。 ちなみに、川路さんは東京の昔の地図を見たことはありますか?

川路氏 江戸の街ですよね。あれもらせん状ですね。同じような街がほかにもあります。アルジェリアのムザブの谷やフィレンツェも、中心にシンボリックな建物があって、その周りを囲むようにして街ができ上がっていますよね。

パトリスさん そう。そのシンボリックな建物が、街の“柱”になっていくんです。そこから自然と、街の物語が始まる。街や建物の裏側にある心は、物語として紡ぎ上げられるんです。しかし、新しくできた街には、なかなかそうした“柱”も、そこから広がる物語も見あたりませんね。街に一番必要なのは、物語なのに。

川路氏 そのお話とは少し違うかもしれませんが、僕が担当しているプロジェクトにおいては、街をつくる場合、最初にその新しい街のストーリーを考えるんですよ。開発プロジェクトがスタートするとき、スタッフが集まって話をするんですが、最初はどうしてもセールスコピーのような言葉ばかりが出てくる。「水と緑の○○タウン!」みたいな。それであるとき、「ちょっと待った、セールスコピーの話はやめよう。みんなで詩を書いてみよう」と提案したんです。
詩を書いて読み合うと、どんな街をつくれば住まう人々が幸せになるのか、その物語が少しずつ形になっていきましたね。まあ、この詩は、決して表には出ないものなんですけれどね(笑)。

パトリスさん そうそう。売るときに出てこないからいいんだと思う。でもそうやって考えられたバックグラウンドストーリーは、やがてその街の“柱”となっていくかもしれない。そこから、新たな物語が広がっていくのではないでしょうか。そうした物語を、目には見えない、街の裏側にある4次元として感じることができる。それが大事なんだと思います。

物語のある街は、住む人をどう変える?

“柱”がある街づくりは、住む人をどんなふうに変えてくれると思いますか?

パトリスさん “柱”がある街とは、住む人をどんどん楽しいほうへと導いてくれるもの。最初はミニマムでも、“柱”を中心に物語が育っていく街には、住む人をエンジョイさせる文化が広がっていくからだと思います。それにともなって、街自体も発展していく。“柱”がある街とは、その先、5年後、10年後へと続いていく物語について考えるのが楽しみになる、そんな魅力のある場所ではないでしょうか。

川路氏 人の心が“柱”のある街を育て、その街が人の心を育て、新たな出逢いを呼び寄せる・・・そうやって人と街が互いに紡ぎ合いながら、物語が完成されていくんですね。 そんな街づくりを目指すためには、五感を研ぎ澄ますような環境作りや、心に自由を与えてくれる“インターフェース”の構築といったエッセンスも大切なわけで、そういう創り手の心が感じられる取り組みに、私たちは今以上に真剣に取り組んでいかなければならないですね。 日本の街づくりを担う者のひとりとして、これからより多くの人々に物語のある街と出逢っていただけるよう、一層の努力をしていきたいと思います。

パトリスさん 期待していますよ、川路さん! 今度、機会があったら何か一緒に考えてみたいですね。

川路氏 それは光栄です! 今日は素晴らしいお話を聞かせていただきました。本当にありがとうございました。

「物語が生まれる街には住まい手をエンジョイさせる力がある」

その土地のアイデンティティともいえる“柱”があり、そこから自然と物語が広がっていく街。それは、創り手が暮らしの達人の幸せを考え、それを伝えようという努力が積み重ねられてこそ、生まれるものなのですね。これから街を歩くときは、そんな創り手の想いや、そこから広がる物語を探してみるのも面白そうです。街の物語の主人公になれるよう、五感のセンサーも磨いておきたいですね。 そしていつか、日本中が物語のある街でいっぱいになりますように。

Name:
パトリス・ジュリアン
Profile:
1952年モロッコ生まれ。1988年にフランス大使館文化担当官として来日。レストランやカフェなどの経営をへて、現在はパトリス・ジュリアン ライフスタイル デザインオフィスを主宰。独自の視点に立ったライフスタイルの提案で、多くのファンを集めている。著書に『ゆたかに生きる―パトリス・ジュリアン流ライフスタイル』(成美堂出版)、『暮らしのZen』(幻冬舎)など。

「パトリス・ジュリアン オフィシャルウェブサイト」

Name:
川路 武
Profile:
1998年三井不動産入社。2004年から企画開発を担当。主に大規模開発を担当し、新浦安地区においては日本初の全戸3メートルバルコニーの集合住宅や、通常の住宅以外に趣味に使える16m2のハナレの分譲などを企画。また集合住宅におけるコミュニティ創生と環境対応をライフワークとしてしており、現在は柏の葉キャンパス計画の住宅部分を担当している。

特集「住まいをめぐる出逢い 前編」

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