vol.037「住まいをめぐる出逢い」
創り手の声スペシャル対談
暮らしの達人 パトリス・ジュリアンさん×街の創り手 川路 武氏
街の物語に出逢う
ふたつの異なる視点が出逢って見えてくる街には、どんな物語があるのでしょうか。
創り手の声スペシャル対談
パトリス・ジュリアン×川路武(三井不動産レジデンシャル)
住まいの先輩インタビュー
この住まいだから出逢えた
愛すべきパートナーや人々のおはなし
住まいの先輩インタビュー
“これから生まれる街”と出逢って
30年の私の物語は始まりました
インタビューバックナンバー
今月の特集
Part1 文化のある街を求めて Part2 街が育つところに物語りは生まれる

今回「創り手の声スペシャル」としてお送りするのは、三井不動産レジデンシャルの川路武氏と、ライフスタイルデザイナーのパトリス・ジュリアンさんとの対談です。
川路氏は今まさに、新たな街づくりに着手しており、これから生まれる街には、さまざまなアイデアを盛り込みたいと考えています。
一方、暮らしの達人として知られるパトリスさん。その独自の視点から、日本の街はどのように映っているのでしょう。

街の創り手と、暮らしの達人。 このふたつの異なる視点が出逢って見えてくる街には、どんな物語があるのでしょうか。

失われてしまった”街の文化”を取り戻すために

パトリスさんはモロッコで生まれ、フランスやアフガニスタン、ポルトガル、タイなどで暮らしたのち、来日されたのですよね?

パトリス・ジュリアンさん(以下、パトリスさん) はい、日本に来たのは1988年でしたね。それまでいろんな国に住んできましたが、日本は私が最も憧れていた国だったんです。
しかし、残念ながら現実には、思い描いていたような文化を感じる街並みにはあまり出逢えませんでした。きっと昔は違ったのだろうと思うのですが、第二次世界大戦の後、短期間で住宅を供給するために、プランニングよりも低コストで大量生産できるハウジングが重視されたためなのでしょうね。

川路 武氏(以下、川路氏) そうですね。それは戦後、日本人の尺度がお金になってしまったためだといえるかもしれません。この土地はどうすれば、どれくらいの価格になるか・・・そんな、お金中心の考え方が長く続いていたと思います。もし、その土地の半分を森にしたら、10〜 20年後はどんな場所になるのか。そこには、お金では図りきれない価値が生まれるはずですよね。これまでは、街をつくる側の人間が、なかなかそこまで考えることができなかったのだと思います。
しかし最近は、環境保護の意識が高まっている背景もあって、これまでの考え方が見直されつつあります。公園を整備したり、緑の道をつくったりといったことに、積極的に取り組まれるようになっています。いい流れができつつあるのかな、という感じはありますね。

部屋のところどころに、こだわりのアイテムが配される。ひとつの空間にもさまざまな表情が。

パトリスさん 実は以前、三井不動産の開発担当の方とお話をしたことがあるんですよ。その方は新しい土地を開発するとき、その土地に座って、あたりをじっと見回しながら「やがてこの土地に住むだろう人々が、なぜこの土地を愛するようになるのか」ということを考えて、開発のアイデアがひらめくのをひたすら待つのだとおっしゃっていました。暮らしの達人にとってその土地はどんな魅力を持ちうるのか、イマジネーションを引き出して、暮らしの達人の幸せな暮らしを考えられていたんですね。
そんな、“創り手の心が映る街”が増えていけば、日本の街並みは文化を取り戻すのではないか、と思いますよ。

川路氏 僕は街づくりを、“幸せをつくる作業”だと考えています。ところが幸せの形というものは、時代によって変わってきてしまう。室内に洗濯機を置くスペースが確保されていただけで喜ばれていた時代もありましたし、リビングルームが畳敷きからフローリングに変わっただけで幸せだと感じられた時代もあったわけです。ところがここ数年は、そうした幸せの形そのものが進化していない。すっかり満たされつつあるんですね。きっとこれから求められるのは、物質的な幸せよりも、目に見えない幸せなのでしょう。そうした流れも、街が文化を取り戻すということにつながっていくかもしれませんね。

玄関を一歩でると、目の前に広がるのは、池をめぐる大きな公園。

住む人のイマジネーションをかき立てる、街の”インターフェース”

文化を感じる街並みについて、少し詳しく教えていただけますか?

パトリスさん 街の魅力が語られるとき、利便性や施設の充実度など、どうしてもわかりやすい“機能面”ばかりが取り沙汰されがちだと思うのですが、そうした合理性ばかりが追求された街では、文化を感じることはできないと思います。
合理性を極限まで追求した場所は、墓地なんですよ。そこには無駄も疑問も一切なくて、ひとつの目的のために、土地が整然と区切られている、究極的に便利で簡素な場所です。合理性ばかりの土地とは、何の疑問も与えないかわりに、温かみもない場所なんですよね。
じゃあ、文化を感じる街とはどんな街かというと、“インターフェース”のある街ではないかと思うんです。

川路氏 “インターフェース”って、いい言葉ですね。モノと人や、人と人の間にある媒介装置といいますか、一見意味がないようにも見える手順やプロセスだといっていいでしょうか。

「いい街には、インターフェースがある」

パトリスさん そうです。
例えば日本の茶道は、ただお茶を点てて飲むだけではない。茶室に入るまでのしきたりや、季節に合わせた着物や帯、掛け軸や生け花など、お茶を飲むために特に必要ではないものばかりです。これぞ“インターフェース”の極みですよね。便利とか合理性といったことは、まったく求められていない。お茶を飲みたければ、缶のお茶を飲むだけでもいいわけですが、それでは文化じゃない。
一見、無駄のように思える手順や決まりがあることで、文化や豊かさが生まれてきているのです。

川路氏 本当にそうですね。僕も物件の開発においては、“インターフェース”を増やそう、ということをずっと念頭において仕事をしてきました。

例えばこれから着手する物件では、自転車置き場の壁を全面黒板にして、子どもたちが自由に落書きできるようにしてみようと思っています。マンションの自転車置き場って、何の“インターフェース”もなくてつまらないんですよ。それに、最近は子どもたちが自由に落書き遊びができる場所も減ってきている。そこで、自転車置き場の壁を使ってしまおうと考えたんです。これはややもすると、現代アートのようにも受け取られてしまうかもしれないのですが、そう思われてしまっては失敗で、あくまでも遊び、“インターフェース”であってほしいんです。

「街づくりとは、幸せをつくること」

パトリスさん おもしろいですね! そうした“インターフェース”があると、そこからイマジネーションが湧いてくる。そのイマジネーションが軸になって、心に自由が生まれるんですよね。心が自由であることは、豊かに生きるためには欠かせないこと。僕が日本で学んだ禅のスピリットが、まさにそうです。

川路氏 なるほど。禅というと一見、制約だらけのようだけれども、そこから心の自由に結びつくというものですね。

パトリスさん そうです。日本人は本来、“インターフェース”と呼べる型や制約があることで、そこから自由にイマジネーションを働かせることが得意な民族なんですよ。

”インターフェース”から始まる、街の文化づくり

自転車置き場のほかに、面白い“インターフェース”の例はありますか?

川路氏 ええ、ありますよ。今取り組んでいる物件なのですが、子どもたちが遊びで1位、2位を決めることができるように、オリンピックと同じ形の“表彰台”を置いてみようと思っているんです。これは、例えばゴミ拾いコンテストをしよう! などといった、人々が集うきっかけを生む“インターフェース”にもなるんじゃないかと。

あと、「けんけんぱ通り」なんていうものを採り入れた物件があります。円形の石をつくってはめこんだ通りなんですが、なかなか人が通らない敷地の端の道も、日本の昔ながらの遊びを取り入れることで、そこに子どもたちが集まり、賑やかになってくれたらいいなと思って。
それから、マンションの敷地内にタイムカプセルを埋めるという案があります。僕も幼いころに経験があるのですが、子どもにとって新しい家に引っ越すというのは何ともいえない、誇らしい気分になれるものなんですよね。その気持ちを地中に埋めて残しておき、10年後にその記憶をたどることができたら面白いのではないか、と思うんです。

パトリスさん そういう“インターフェース”って、偶然見つけたりするととっても面白い! 私もカメラを買ったときに、犬を撮るモードと猫を撮るモードが別にあることを見つけたときに面白いな、と思いました(笑)。これもやっぱり“インターフェース”ですよね。街の中でそういう“インターフェース”を発見できるということは、ひとつの豊かさですね。

上)自転車置き場の壁を全面黒板にした“落書き”インターフェース。
下)円形の石をはめこんだ「けんけんぱ通り」。

Part2 街が育つところに物語は生まれる

特集「住まいをめぐる出逢い 前編」

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