モノには、様々な“デザイン”が施されています。 その多くは、時間の流れのなかでいつしか色あせてしまうものですが、 中には“スタンダード”などと呼ばれ、変わらず愛され続けるものもあります。 同じ“デザイン”でも、何が違うのでしょうか。 仮に、長く愛されるものが“いいデザイン”とするなら、 住まいにおいて、その“いいデザイン”を考えることは、 長く快適に暮らすにあたって、大切なヒントになるのかも知れません。 今回訪ねたのは、日本を代表する若手建築家・手塚由比先生のご自宅。 自ら手がけられたというご自宅のデザインのお話も交えながら、 手塚先生がお考えになる“いいデザイン”についてお聞きしました。
手塚先生のご自宅にて撮影
手塚先生は、住まいにおける“いいデザイン”とはどのようなものとお考えですか?
私が住まいを見て「いいデザインだな」と感じるのは、まず目先のデザインにとらわれていないということですね。「今、これが流行っているから」と、表面的な造形が優先されて作られているものではなく、住む人のために何か新しい努力がされていて、「いいものにしよう」と心が尽くされている住まいには、“いいデザイン”だなと感じることが多いように思います。
とはいえ、感性や価値基準は人それぞれ異なるものですから、“いいデザイン”というのも人によって違ってくるということはないのでしょうか。
例えば、おいしいと評判のうなぎ屋さんのうなぎを食べたら、8割くらいの方が「おいしい」と思うものだと思います。確かに人間の感性や個性はいろいろで、振れ幅もあるとは思いますが、「おいしい」「気持ちいい」「心地いい」といった根源的な五感の感じ方はそれほど大きく変わらないと思うんですね。ですから住宅でも「光が入ったら気持ちいい」「風が吹いていたら気持ちいい」といった、“当たり前のよさ”というものは多くの人々にとって共通するものではないでしょうか。とくに住宅や建物におけるデザインは、長く住み続けるためにも、そうした共通の価値観にもとづいて作られていることが大切であり、それが“いいデザイン”なのではないかと考えています。
今回、手塚先生のお宅にお邪魔させていただいて、とても素適だと思ったのですが、ご自身の住まいを“いいデザイン”にするために、どんな工夫をされたんですか?
購入した土地は南北に細長いものでした。北の方角を望むと、遠くに富士山がそびえる景色を楽しむことができたのですが、日あたりのことを考えれば南向きでデザインしたいもの。そのため、北側の景観を楽しみながらいかに部屋全体に太陽の光を取り込んでいくのかが、私たちの課題でした。この課題をクリアするうえで欠かせなかったのが、南北に大きな窓をつけて見晴らしと豊かな採光を確保しつつ、室内の視界を広く通すということ。そのために、南北に抜ける空間の流れを遮らないよう、レイアウトを工夫したんです。 例えばキッチン。限られた空間のなかでは、キッチンスペースは大きな存在になってしまいますが、その存在が南北に抜ける視界を遮ってしまわないよう、キッチンそのものも南北に長く設置したんです。キッチンは業務用のシンプルなものを取り入れて、そこにレンジ、冷蔵庫などといった機能がすべて集約されるようにしました。これによってキッチン家電を別個に並べる必要がなくなり、キッチン周りをすっきりとシンプルにまとめることができたんです。こうした工夫の結果、「いかにもキッチン」といった存在感がなくなり、一見したところ棚かテーブルにも見えてしまうほどシンプルなものに仕上がりました。
確かに、キッチンだとは気づきませんでした。モダンな家具のように見えますね。リビングの一部として溶け込んでいるように思います
ありがとうございます(笑)。でも、家具のように見えるキッチンのデザインは、“見た目のよさ”を生み出すために考えられたものではありません。すべては“美しい景観が取り入れられた空間は気持ちいい”“日あたりのいい室内は心地いい”という、人として根源的だといえる価値観にもとづいてデザインしたものでしたし、「家具のよう」「リビングに溶け込んでいる」といっていただいたような“見た目のよさ”は、その結果としてついてきたものです。デザインにこのようなベースがあってこそ、“長く住み続けたい”と思える居心地のよさや暮らしやすさなども生まれるのではないでしょうか。 このように、“いいデザイン”を形にするためには、“何のためにその形にするのか”という目的や理由を常に意識することが大切だと思っています。
“いいデザイン”の住まいとは何かを知るうえで参考になる、有名建築家の作品があればご紹介いただけませんか。
コルビュジェがマルセイユに建てた「ユニテ・ダビタシオン」という集合住宅は、建物自体は四角くてとてもシンプルなのですが、どの住戸も東西に窓があって風が通り抜けるようにデザインされています。住宅としては本当に単純な造りなんですよ。でも、緑が好きな人のベランダは植物で囲まれていたり、お茶が好きな人のベランダには、外でティータイムが楽しめるようにテーブルが置いてあったり。住人が本当に住みこなしているんだなということが、外観からも伝わってくる建物なんですね。
パリ郊外のサヴォア邸などを手掛けた近代建築の巨匠の一人、ル・コルビュジェ(1887−1965)により、1952年にフランス・マルセイユに建築された集合住宅。保育園、プール、ホテルなども併設されており、住宅自体がひとつの“街”を形成している。
また、コルビュジェとともに二大巨匠といわれるルイス・カーンの作品「マーガレット・エシェリック邸」という個人住宅も素適ですね。アメリカのペンシルバニア州にあるのですが、緑豊かな自然環境が見事に活かされている家です。リビングには、本棚を見ながら外の景色も眺められるように窓が配置されていたり、窓枠も木材で設えて外の森林の景色となじませていたりと、一つひとつのデザインや使われている素材のすべてに“意味”が感じられるんです。ルイス・カーンは「レンガはアーチになりたがっている」といっています。ものにはすべて、それに込められたふさわしい形があるということですが、この家はカーンのこの言葉が見事に体現されているのではないでしょうか。とても古いんですが、今でもていねいに手入れされながら住居として使われています。長く愛される家の代表ですね。
“最後の巨匠”ともいわれるアメリカの建築家、ルイス・カーン(1901−1974)により、1959年にペンシルバニア州フィラデルフィアに建築された住宅。ノーマン・フィッシャー邸と並び、カーンの名作住居と評されている。
かつて主人がリチャード・ロジャース氏のオフィスで仕事をしていたことがあり、その縁でお母様の家に招かれたことがありました。「マザーズハウス」と呼ばれるその家は、平屋で四角いとてもシンプルな建物ですが、これも本当に美しい家なんです。森の中の細長い敷地の真ん中にポンと建っているような感じで、建物の両側にあるガラス張りの窓から、周囲の木々の緑がまるで家の中になだれ込んでくるかのように感じられます。額縁のような窓枠越しに、素晴らしい緑の風景を美術鑑賞のように楽しめたりと、景色を取り込む工夫がいたるところに見られんですよ。
イギリスの有名建築家リチャード・ロジャース(1933−)の母親が住むウィンブルドンの住宅。1960年代の作品。ロジャースはパリのポンピドゥーセンターなどの近代建築で知られているが、その母もイギリス美術協会会長を務め、自宅のインテリアにも彼女の審美眼が貫かれている。
これらの建築物に共通する、“いいデザイン”の要素とは何なのでしょう。
そうですね。まず、どの建物も気持ちよく暮らすために自然環境を見事なまでに取り込んでいます。人は誰しも、「緑の中でお茶をしたい」「日向ぼっこが気持ちいい」「風が心地いい」といった、自然に対する根本的な要求を持ちあわせているものだと思うんですね。しかし、そうした要求を満たす環境とは、住宅の中だけではなく、外部からうまく取り入れないと達成できないものではないでしょうか。 また、その点も含めてさらにいえるのは、デザインの目的が“人”にあるかどうかが何より大切だということです。住宅でも道具でも、やはり形自体が“人が使う”ことを目的としたものであるべきでしょう。ご紹介した住まいはどれも、使う人の感性やライフスタイルが考え尽くされています。その意味では、住まいにおける“いいデザイン”とは、“人に結びついたデザイン”だといえそうですね。
手塚先生にさまざまな建築物を紹介していただきながら、“いいデザイン”とは住む人、使う人のことについて考え尽くされたものであることを教えていただきました。長いお付き合いになる住まいだからこそ、住まい選びの際は“いいデザイン”であるかどうかも見極めたいものですね。 このお話をふまえ、次のコーナーでは手塚先生のご自宅や愛用品をご紹介いただきながら、さらに“人に結びつくデザイン”の具体例についてうかがいます。
“いいデザイン”を見極める着眼点
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