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「日本の集合住宅の黎明期」へ
竣工
昭和33(1958)年
所在地
東京都日野市
構造
ブロック造2階建
住戸
約42m²
間取り
1階:ダイニングキッチン+4.5畳+浴室+水洗トイレ 2階:板敷付き6畳+板敷付き3畳
専用庭
約30m²
テラスハウスとは、専用庭を持つ長屋建ての低層集合住宅のことで、昭和30年代、主に郊外で建設された。低層で構造上の制約が少ないため、様々な工法の模索が行われた。1階にあるキッチンの流し台は、KJ(公共住宅)型と呼ばれる公共住宅用に規格化されたタイプ。こうした規格部品の開発も、住戸の大量供給を担っていた公団にとって切り離すことのできない重要な意味を持っていた。2階の居室には、階段側に無双窓が設けられ、階段によって空気の流れを遮らないように工夫されている。このころの公団住宅は、南面に並行して建てられたため、北側の窓には、目隠しとなる障子が取り付けられ、同時に断熱性を高めることにもつながっている。
奥行き9mの広い庭は、居住者による植栽などで彩られ、居住者間では垣根越しのコミュニケーションが育 まれた。
玄関ドアの鮮やかな色が印象的。
庭に面した4畳半には、掃き出し窓が。奥行きが9mもある専用庭は、自由に木や花を植えて、好みの庭にすることができたそうです。各家庭の個性が出て楽しそうですね。
キッチンには、公共住宅用に量産されたKJ型ステンレストップの流し台を設置。KJとは、1960年に発足した「公共住宅規格部品制度」のこと。
浴室に据えられた浴槽は、「蓮根団地」同様、木桶タイプでした。こちらは展示のために作ってもらったものなのだそうです。
キッチンの床下収納も、しっかり付いています。当時はどんなものを入れたんでしょう?
2階の部屋には、階段側に無双窓(格子の内側にもう1枚同じ形の格子を取り付け、横にスライドできるようにしたもの)を設けて通風をよくしていました。
2階は、階段を挟んで、北と南に部屋がありました。北側の部屋は3畳。窓には、断熱を考慮して障子が取り付けられました。これには、隣の棟からの視線を遮る目的もあります。
1階と2階でひとつの住戸を形成するテラスハウスは、戸建感覚の住まい。木の階段は、踏みしめるたびにギシギシと味のある音がしました。
2階は、階段を挟んで、北と南に部屋がありました。南側の部屋は6畳。細長い板敷きのスペースは家具置き場です。
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