ツァイ・ヨシコ 暮らしの情景 暮らしに独自の美学をもつツァイ・ヨシコさんが綴るエッセイシリーズ。身の周りの事から旅先で切り取った印象深いシーンまで、詩情あふれるヨシコ・ワールドをご堪能ください。 みんなの住まい メールマガジン メンバー登録はこちらから ツァイ・ヨシコ -暮らしに独自の美学をもつツァイ・ヨシコさんが綴るエッセイシリーズ。身の周りの事から旅先で切り取った印象深いシーンまで、詩情あふれるヨシコ・ワールドをご堪能ください。
ナポリからのレポート(2) −目くるめく王宮と古代の遺跡

イタリアは近代にいたるまで小さな都市国家に分割支配されてきた名残りに、多くの都市には王宮が今でも残っています。ナポリのそれはサンカルロ座のすぐ隣にあり、今なおオリジナルな家具調度品が残っているのでとても見応えがありました。入り口を入ったところの大広間は圧巻の規模があり、かつては謁見に訪れた各国の大使たちの襟をさぞかし正させたことでしょう(PIERRECIのサイトへ)

ナポリ王宮入り口の大広間。

拡大 

ナポリ王宮入り口の大広間。

王宮で見つけた鳥籠付きの小テーブル。後ろに写っている金の屏風も大変豪華です。

拡大 

王宮で見つけた鳥籠付きの小テーブル。後ろに写っている金の屏風も大変豪華です。

学会の最終日の午後は、エルコラーノ遺跡への遠足と、夜のガラ晩餐会でした。エルコラーノ遺跡(Soprintendenza archeologica di Pompeiのサイトへ)は、市内から30分ぐらいのところにあります。紀元79年のペスビオ火山の大噴火により、ポンペイとともに地上より消え去った街です。ここは1779年に、ポンペイに先立って発見されました。ポンペイが大規模な都市であったのと対照的に、エルコラーノは小さな別荘地・温泉地・歓楽街であったそうです。キリスト教化される前のローマは頽廃的だったようです。この時代の国民的遊戯は、温泉めぐり、マッサージ、 饗宴(吐きながら延々と続く)、そして殿方は美女と遊んだり。遺跡ではこのような官能的な日常生活が窺えます。

その夜のガラ晩餐会は遺跡のそばの大きなヴィラで行われました。古代ローマの饗宴とまでは行かなくても、美しいガーデンのカクテルから始まり、シャンデリアのもとでの豪華なフルコース、そしてテラスでのカンツォーネ付きのリキュール・デザートと、盛りだくさんでした。驚いたのはパーティーのホストが夜9時半になって家族・赤ちゃん連れの正装で現れたことで、これがイタリアスタイルかと大変印象的でした。

エルコラーノで発掘された大きな別荘(ヴィラ)にて。大変大きいので驚きました。大きいものは8000平米もあります。約2000年前、この海を見下ろすのどかな享楽の街に悲劇が突然訪れました。

拡大 

エルコラーノで発掘された大きな別荘(ヴィラ)にて。大変大きいので驚きました。大きいものは8000平米もあります。約2000年前、この海を見下ろすのどかな享楽の街に悲劇が突然訪れました。

悲劇を起こしたベスビオ火山は、現在ヨーロッパで唯一の活火山(標高1281メートル)です。皆さんは「♪行こう行こう火の山へ♪」の名曲「フニクリ・ フニクラ」をご存知ですよね。実はこれは1880年に開通したベスビオ火山の登山鉄道を宣伝するために作られた、世界で最初のCMソングだそうです。 「フニコラーレ」というのはケーブルカーのことです。

ナポリ滞在の最終日、私たちはポンペイやエルコラーノで発掘された最高の品々を見に、考古学博物館(Museo Archeologico Nazionale di Napoliのサイトへ)を訪れました。私は壁画やモザイク画で彩られたポンペイ市民の日常空間の美しさに、大変感銘を受けました。壁画のある楽しげなキッチンからは、ポンペイ人の陽気な笑い声が聞こえてきそうでした。

ポンペイで発掘されたヴィラのキッチン。設備と広さに感激。壁画と色使いもすてきです。

拡大 

ポンペイで発掘されたヴィラのキッチン。設備と広さに感激。壁画と色使いもすてきです。

ポンペイの典型的なタイルのモザイク画。芸が大変細かいのに舌を巻きました。

拡大 

ポンペイの典型的なタイルのモザイク画。芸が大変細かいのに舌を巻きました。

アマツバメとVespaの王国

魅惑の小径とシュールなレストラン

ツァイ・ヨシコ

東京でのマンション暮らしと群馬での田舎暮らしを舞台に活躍するインテリア・デザイナー。時間に磨かれた古い家具を現代の暮らしのマッチさせるヨシコ流インテリアには、ファンが多い。公私ともに国内外への旅が多く、独自の視点による見聞も暮らしを豊かに彩っている。

タイトル一覧
関連コンテンツ
ツァイ・ヨシコ 暮らしのアトリエ

ページTOP