みんなの住まい

始まりは「芸術でまちおこし」。個性豊かなコミュニティが生まれる“藤野町”

神奈川県北西部、相模湖そばに位置する「藤野町」と呼ばれていた地区をご存じでしょうか? 2010年4月から相模原市緑区に編入されたこの地区は、相模湖のために保安林として残された豊かな自然が特徴です。特に大きな産業はなく、普通ならば他の郊外地域同様に“まちの中はお年寄りばかりで、過疎化が進む一方……”となるはずのこの地区には、なぜか若い世代が多く、コミュニティが活発に活動しているといいます。

雑誌やWebでも度々特集が組まれるこの地区に、一体どんな秘密があるのか? コミュニティ活性化のヒントを見つけるために、「みんなの住まい」編集部は東京からその距離70kmほどの道のりを向かいました。

小仏トンネルを抜けると、一気に緑の景色が広がる相模湖周辺

JR中央線の藤野駅周辺から、山道を少し散策してみると、山中にはいくつもの彫刻? のようなものが設置されています。駅前から少し高台へ歩いた場所からは、大きなラブレターのオブジェも見えたり……。どうしてこんなに不思議なものが点在するのかを聞きに、我々がまず向かったのは「一般社団法人 藤野観光協会」です。

藤野駅から徒歩3分、「藤野総合事務所」の4階に観光協会の事務所が。

「この地区は、約30年前に“芸術”でまちおこしを始めました」そう教えてくれたのは藤野観光協会で企画制作を担当されている小山宮佳江さん。

小山さんも2009年から藤野に住み始めた移住者の一人。

「1986年頃、藤野は『ふるさと芸術村構想』というまちおこし政策を実施しました。自然の中に彫刻作品を点在させたり、大きなイベントを行ったことで、それをきっかけに沢山の若手アーティストがこの地区に移住してきたのです」

野外環境アート作品が約30作点在する「芸術の道」パンフレット(写真右)。

なるほど、山中の不思議なオブジェは、すべてまちおこしの一環だったのです。では今地域コミュニティを盛り上げているのは、みんなその芸術家の人達なのかと思いきや、「それだけではない」と小山さんは言います。

まちおこし政策で “芸術のまち”と呼ばれるようになったこの地区に、新たな風が吹いたのは約20年前。「自然志向や自給自足、といった暮らしのデザインを考える“パーマカルチャー”の学校ができました」(小山さん)。小山さんご自身もパーマカルチャーの学校に通ったことがきっかけで藤野に住み始めたのだとか。アーティストや自然志向の考えを持った移住者が地元住民とつながりあうことで、独自のコミュニティが生まれ、“本当の意味での豊かな暮らし方”とか、新たな“人と人とのつながり方”を模索したり、新しいものを受け入れる、といったクリエイティブな考え方が一層藤野という地区に浸透していきました。そしてここからまた数年後、「芸術のまち」がきっかけでこれまでの藤野のコミュニティに新たな変動が起こります。

11年前、当時の藤野町は廃校となった小学校の校舎に私立学校を誘致しました。なんでも、その私立学校というのが普通の学校とはちょっと違う学校だったのだそう。

「“シュタイナー教育”を実践する、『シュタイナー学園』という学校法人です」(小山さん)。シュタイナー教育と言えば近年注目されているオルタナティブ教育法(従来の教育とは異なる学習法)の一つ。その学園を誘致することが、どうしてコミュニティの活性化につながったのでしょうか。

学園誘致が藤野にもたらした、様々な変化

佐藤 鉄郎さん。ご自身の息子さんもシュタイナー学園を卒業されています。「以前は都内で高校教諭をしていましたが、11年前に子どもを学園に通わせるため移住しました」(佐藤さん)

学校誘致の際に学園の事務局長を務め、現在は藤野観光協会の事務局長である佐藤鉄郎さんは、「そもそもシュタイナー学園を藤野が誘致することになったのは、この地区のまちおこしのテーマである芸術が、芸術的手法で教育を行うシュタイナー学園とうまく結びついたからです」と話します。この学園への入学条件は「通学時間が1時間以内」であるため、子どもの入学と同時に毎年若い世帯が複数移住してくるのだとか。「教育や子育ての意識が高く、柔軟な考えを持つ若い世代が集まることで、地域のコミュニティ活動が活発になっていった」と佐藤さんは話します。

学校法人シュタイナー学園

平成26年12月時点で、藤野の人口は約9,500人。その中に学園入学のための藤野移住者は約100世帯。地域の人口の減少を微減に食いとどめているシュタイナー学園の存在は藤野を語る上で欠かせない存在となっているようです。

「藤野地区の人口・世帯数の推移」(左:藤野観光協会提供) 「藤野地域在住者の推移」(右:学校法人シュタイナー学園要覧より抜粋)

このように、大きな「芸術」というテーマをきっかけに藤野には様々な移住者達が集まり、積極的に人と人のつながりやコミュニティの維持形成について考えて活動しているのだそう。一言に「コミュニティの維持形成」と言ってもその活動の形は幅広く、たとえば廃校を会場とした大きなお祭り(※)を開催したり、地域通貨を作って運用したり。他にも太陽光発電のワークショップを行うなど、実に様々な活動を行うグループが数多く存在しているといいます。

※2003年から毎年夏に開催されている「ひかり祭り」。全国から様々なアーティストが集う祭典で、パフォーマンスや展示のほか、環境問題を考えるワークショップなども開かれ、多世代が楽しめる集いとなっている。大勢の地元住民が開催に関わる、藤野の代表的な地域活性イベント。

藤野のコミュニティ活性のキーワードが「芸術」であることがわかった我々は、具体的にどんな人達が集まっているのか、さらにまちを散策して調べることに。

ふじのアート・ヴィレッジ

藤野駅から車で6分ほどの場所にある「ふじのアート・ヴィレッジ」。ここは藤野のアート活動のシンボルともいえる場所です。9つのコンテナギャラリーがあり、それぞれ周辺に住む作家がアトリエやギャラリーとして利用し、活動を行っています。都内の同規模のギャラリーやアトリエと比べて利用料もとても安く、若いアーティストが挑戦しやすい環境が整っています。『ふるさと芸術村構想』を具体化する頃に、町役場で職員を勤め、このまちおこしに尽力されたという代表の中村 賢一さんに詳しくお話を伺いました。

ふじのアート・ヴィレッジ代表の中村さん。アーティストのサポートだけでなく、移住者の住まい探しの相談に乗るなどとても親切で面倒見のいい人柄で、移住者からの信頼も厚い。

「藤野周辺の山々は全て保安林で、工業団地や住宅団地といったものを誘致する事ができません。そこで何か面白い事はできないかということで始まったのが『ふるさと芸術村構想』でした。戦時中、この町には藤田嗣治や猪熊弦一郎といった芸術家が疎開していたという歴史があったので、そのような“芸術的な芽”を活かしてまちおこしを推進するようにと神奈川県が仕掛けたんです」と、中村さんは振り返ります。

そうして藤野には、最初にご紹介した「芸術の道」のほか、陶芸やガラス工芸などの芸術体験と宿泊ができる「神奈川県立藤野芸術の家」や、「ふじのアート・ヴィレッジ」などのアートスポットが作られ、若手アーティストも移住しやすい雰囲気ができていきました。

可動式のコンテナギャラリーでは、作家の創作活動をみることも。

このアーティスト誘致、当時は地元議会から反対の声が大きかったそう。しかし、その時の町長が『若い人たちが来ているのだから長い目で見てあげましょう』と反対する人々を説得してくれたことで、続けることができたのだとか。「こうして藤野にやってきた若いアーティストの紹介で新たな人が藤野を知り、訪れて町を気に入って移住するようになる、といった人のつながりができているのがこのまちの面白いところ」と中村さんは話してくれました。

地元民の柔軟な姿勢に惹かれ、藤野での生活を選ぶ人々

「ふじのアート・ヴィレッジ」の中で、マクロビ料理専門のレストラン「笑花食堂」を1人で切り盛りする植松 紀世乃さんは、移住歴2年。自分で育てた野菜で料理がしたいと考えて畑仕事のできる移住先を探していたそう。「この藤野というまちは元々移住者が多いから地元に住んでいる人もウェルカムな雰囲気で、対応が柔軟だったんです。みなさん閉鎖的でなくて親切でした」(植松さん)

「笑花食堂」の植松さん。ボリューム満点のマクロビ料理は味付けもしっかりしていて食べ応え十分。

「また、私は移住したころは地元で人気の「Shu」というカフェで働いていたのですが、これがより一層町の人と親しくなった大きな理由ですね。オーナーがまちの人気者なので、あの店で勤めているというだけでみなさん暖かく迎えてくれて。私の夢だった畑も無料で貸してもらったり、耕し方もお隣さんにいろいろと教えてもらったりしました」とうれしそうに語る植松さん。以前は都内に住み、ハードな仕事で体を壊してしまうこともあったといいます。「藤野では、みんなが自然体を受け入れて、自分自身もありのままを受け入れることができます。無理をしなくていいんだな、と気付かせてくれるまちです」

「ふじのアート・ヴィレッジ」で活動する作家の原田さん。シルバーと千代紙を組み合わせた珍しいデザインのアクセサリーを制作する。

アクセサリーショップ&アトリエ「飾屋しろがね」の職人、原田 明徳さんは、お住まいは隣町。「藤野には自分の住んでいるまちよりも、アートや創作活動がやりやすい空気感があります。よくある田舎町の閉鎖的な雰囲気とは真逆で、凄く開放的に外から人を受け入れているので。モノを作ったり、何かアピールしたいという時、このまちは理解があっていいと思います」と語ります。アート・ヴィレッジの入所者同士はとても仲良しといい、「自分が別の仕事で来られない時も店番をしてくれたり、安心して任せておけます」と笑い、ここで新たな出会いや繋がりができていることを喜んでいました。

インタビューを通じて、芸術でのまちおこし以降、藤野の活性化とコミュニティ形成の成功には「人と人をつなげようとする人」の存在があることに気づかされました。その活動こそが非常にクリエイティブなことであり、まちの芸術的要素とうまく結び付き、発展してきたのかもしれません。

次回は、クリエイティブな若い子育て世代を引きつけるシュタイナー学園が今どのようにして地域と繋がっているのか、また移住者達によって生み出され、地域活性に大きな役割を果たしている「トランジション藤野」の活動についてご紹介します。